12月7日(日)の2

絵手紙は、2017年12月に描いたものです。
夕方、駅の構内を歩いていたら、若い女性が、多分自身の母親に言っているのかなあ、と思われる会話が聞こえてきました。
(多分)娘「若い人の言う事を聞くおばあちゃんになりなさい」
もし身内に言われたら、反発したくなったかも。
犬棒かるたの
「をいては子にしたがへ」
というのに、子どもの時から違和感がありました。
子どもの頃は、おばあちゃんが孫におぶわれている図を描いていました。
しかし、もう少し大きくなってくると考えも変わってきました。そりゃ、年を取れば、一瞬で理解する、ということも鈍くなってくるし、言われたことにすぐ反応する、というのも鈍くなる。でも、亀の甲より年の功。経験に培われてきた知恵がある。
だから、老いては子に従え、には違和感がある。
しかし、今日、その、多分親子の会話を聞いて、知らない人同士の会話として聞くと、胸に突き刺さるものがある。
年を取れば取るほど、自分は怖いものなし。若い者が吠えたってどこ吹く風。何で若造の言う事を聞かねばならないんだ、と、意固地になりがちなのではないか。
我が母を見ていると、多分そう。
私はどうなんだろうか。
若い人は、若いから浅はかな面もあるかもしれない。でも、若い人が、若いからこその感性や、昔にはなかった新しい常識で、このほうがより良いよ、と教えてくれたり、正しいことに近いことを言ってくれたとき、私はちゃんと素直に聞けるのだろうか?
聞く耳を持つ柔軟性は持っていたい。
アニメやオーディブルで、若い作者の紡ぎ出す物語に感動したり心酔したりしているではないか。
クイズの世界では、若い柔軟な考え方が物を言うこともある。(年の功が役立つことももちろんあるけれど)
アニメだと、子どもの言うことに真実があったりもする。
最近では小学生や若い人が起業していたりもする。
考えることは好き。
仕事でも、どうすれば如何に効率よく出来るか考えるのが好き。
ダンスでも芝居でも、役作りでいろいろ考えるのが好き。
お料理でも、レシピを飛び出して、いろいろ試してみるのが好き。
お散歩でも、どういうルートをとると8000歩になるか、とか、
あ、こんなこと考え始めたらキリがない。
若い人の言う事を聞くおばあちゃんになりましょう。
それは、簡単なような、難しいような。
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