2019年05月31日 明日は法事 5月31日(金) なんと、今日で5月も終わり。 令和になって、早1ヶ月。 明日の法事の準備をいろいろ。 先日の東海道五十三次歩きの絵を4枚描きました。 その中から2枚アップします。 タグ :#初夏
2019年05月30日 パソコンがウィルスに感染! 5月30日(木) 朝、5:15に夜行バスで横浜に戻ってきました。 明後日が法事なので、少しずつ買い物など準備しています。 そんな中、大事件! 私のパソコンさらん号が重大な悪いウィルスに感染し、パソコンから警告音や、技術者に必ず電話してください。電話せずにパソコンの電源を切ると、これ以上の感染を防ぐために、あなたのパソコンの画面を真っ黒にします。とかなんとかいう警告をパソコンが喋り続けている! 慌てて指定の番号に電話し、いろいろ指示を仰ぎました。 とにかくぐったり疲れたし、お金もかかりました。 ダンスに遅刻していったので、先生が、それ自体が詐欺じゃないか、というので、私は詐欺じゃないと思っているからそれでいい、と答えました。 もし詐欺としたも、私のパソコンを遠隔操作出来るんだから、逆らって壊されないようにするのが正解だし、後で兄に聞いたら(実は、兄は同じ部屋にいて一連の騒ぎを聞いていました) 「あれは本物だよ」 と証言してくれました。 パソコンのことなのに、まるで自分の子どもが怪我したみたいなショックで、ダンスには遅刻していったものの、こんな心ここに非ずの状態では、捻挫とか肉離れとか起こしかねないと思い、見学させてもらいました。 いつもなら、人が踊っているのを見たら踊りたくなると思うのですが、全く踊りたくなかった。ショックが大きくて、踊らなくてよかったと思います。 タグ :#初夏
2019年05月29日 ヨシヅヤと鯏浦 5月29日(水)の4317:49 駐車場がとても広い、ヨシヅヤというスーパー市役所付近が工事中で、たぶん10年前に来たときと、市役所のイメージがかなり、違うような気がします。17:53 国道1号線に出ました。歩道橋に「弥富市鯏浦町」と書いてあります。鯏をネット検索すると、最初にアサリが出てきました。これ、たぶん違うと思います。ウグイはハヤの仲間の川魚。弥富は昔、ウグイが捕れたのかなあ。地名由来はわかりません。 ウグイ wikipediaより↓↓↓↓↓↓↓↓↓ ウグイ(鯎、石斑魚、学名:Tribolodon hakonensis)は、コイ目コイ科ウグイ亜科に分類される淡水魚。地方によってはハヤと呼ばれる。 料理春から夏にかけては川魚独特の泥臭さがあるが、冬季の脂が乗った身は美味であり、「寒(かん)バヤ(バエ)」と呼ばれる。小骨が多いが、古くから日本各地でコイ、フナなどと共に貴重な動物性の蛋白源として利用されて、甘露煮、塩焼き、天ぷら、燻製、いずしなどで食用にされる。しかし、横川吸虫などの寄生虫の問題が有るため生食は推奨されない。東北地方の各地には、いずし(はやのいずし)にして食べる風習がある。しかし、いずしはウグイの腸管に生育するボツリヌス菌により、致死率が高い食中毒を引き起こす事例が多く報告された。また、滋賀県の鮒寿司(なれずしの一種)では、希少種である本来のニゴロブナの代わりに安価なウグイを用いることもある。長野県佐久地方では正月の雑煮に焼ウグイを使う伝統がある。小矢部川のサクラウグイは郷土料理として親しまれている。↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑ 17:58 弥富駅着名古屋に電車で移動して、夜行バスで帰りました。本日の歩数 51,364歩 31.33km東海道と五十三次歩き16日目おしまい。 タグ :#初夏
2019年05月29日 住宅地になってきた 5月29日(水)の4217:17 大山交差点セブンイレブンがあったので、エスカップを飲んで、休憩。歩道が広い道。いかにも新しい住宅地たいった町です。17:38 平島中交差点弥富駅、まだかなあ。本日の43に続く タグ :#初夏
2019年05月29日 弥富金魚 5月29日(水)の4116:53 子宝新田交差点貯水地(池?)の回りに松が生えている場所が印象的でした。これも、弥富の金魚に関係しているのでしょうか?10年前、国道1号線を歩いたときは、何ヵ所か金魚の養殖池を見かけましたが、裏道には金魚はいませんでした。弥富金魚 wikipediaより↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ 弥富金魚(やとみきんぎょ)とは、愛知県弥富市周辺で養殖されている金魚。弥富市に加えて、津島市、愛西市の旧佐織町域、海部郡飛島村で生産された金魚も「弥富金魚」とされる[1]。日本にいる金魚の全品種である26種類がすべてそろう産地である。約100ヘクタールの養殖池があり、約5,000万匹を生産している[1]。金魚の尾数では奈良県大和郡山市を下回るが、品種数、養殖池面積、売上高では弥富が日本一の金魚産地である[1]。弥富市歴史民俗資料館のロビーには22種類の金魚が水槽で展示されている。歴史 文久年間(1861年-1864年)、大和国郡山(現・奈良県大和郡山市)の金魚商人が東海道の前ヶ須(現・弥富市)に宿泊した際、土地を借用して溜池を造成し、金魚の水替えや休養に用いた[2]。この地の権十郎が金魚を気に入って購入したのが弥富金魚の始まりとされている。やがて産卵や孵化の方法も郡山の商人に伝授され、1868年(明治元年)に佐藤宗十郎が採卵や孵化に成功すると、1884年(明治17年)頃からこの地で金魚養殖がおこなわれるようになった。金魚による収益は水稲による収益をはるかに超え、大正末年頃には56町歩もの金魚田があった。当初は郡山からもたらされたワキン・和蘭・その他の雑種のみだったが、やがて東京から丸長・デメキン・リュウキン・シュブンキン・シュウキンなどが導入され、西日本・東日本の双方向に出荷するようになった。昭和前期には郡山や東京が高級金魚の生産地であり、弥富はリュウキンとワキンを大量生産する産地だった。この頃には北アメリカに対して輸出を行っており、1931年(昭和6年)には20万尾を輸出した。宇宙金魚の子孫太平洋戦争中には一時的に金魚養殖が姿を消したが、戦後には復興した。1959年(昭和34年)の伊勢湾台風では深刻な打撃を受け、関東や関西の業者からの支援を受けて再び復興した。1978年(昭和53年)の愛知県水産試験場弥富指導場の調査によると、金魚養殖の専業農家は11%であり、農業との兼業農家が65%だった[4]。100%が個人経営であるが、51アールから100アールの経営体が37%ともっとも多く、全国的にみると経営規模は大きい方だった。地区別では96アールの芝井地区がもっとも多く、前新田などが芝井地区に次いでいた。1994年(平成6年)頃の弥富金魚漁業協同組合の組合員は約130人、販売市場は3か所、年間の出荷量は7,000万匹だった。1994年(平成6年)7月には、日本人宇宙飛行士の向井千秋がスペースシャトルコロンビア号で弥富金魚を用いた宇宙酔いの実験を行った。この際に用いられた金魚は「宇宙金魚」と呼ばれている[1]。1997年(平成8年)には江戸錦とランチュウの交配種が「桜錦」として新品種登録された。2005年(平成17年)に愛知県で開催された愛知万博(愛・地球博)では、「宇宙金魚」の子孫が配布された。2006年(平成18年)には弥富町と十四山村が合併し、市制施行して弥富市が誕生した。旧来から養殖池が多くある地域が市街化調整区域となったことで、養殖池の埋め立てと宅地化が進んでいる。2007年(平成19年)には弥富金魚のイメージソング『近所の金魚は弥富のきんちゃん』が完成した。2017年(平成29年)には野鳥による食害が原因とみられる金魚の大量消失の被害が相次いで発生した。1968年(昭和43年)頃には弥富金魚全体で約300軒の生産業者がいたが、2018年(平成30年)時点では約80軒となっている。↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑本日の42に続く タグ :#初夏